滝に打たれるひとを見る
(前半からのつづき)
儀式は続く。
気吹(いぶき)といって、いわゆる深呼吸を3回ほどする。
手の平を息を吸うと同時に上げ、息を吐きながら手を丹田に向けて下ろす。
「ぶふぅーっ」息を吐いた。
あれ、これって今話題のロングブレス・・何とか・・・?
彼の発明の地はまさか・・・ココ?
友人の声を耳にしたのを皮切りに、邪念が入ってきたようだ。
3回も深呼吸をするので、リズミカルにたくさん考えることができた。
断っておくが、私は真剣にやっている。
やるからには本気で取り組みたい。罰が当たるのも怖い。
冒頭の雄健(おたけび)、
「生魂(いくたま)」「足魂(たるたま)」「玉溜魂(たまたまるたま)」
はすべて神様を表している。
さらに「国常立命(くにのとこたちのみこと)」も古事記に出てくる神様らしい。
神様のオンパレードなのだ。
その神様に失礼に当たることはしたくない。そんな想いもあった。
さらに言えば、修行というものは何でも無心でやるのがよいのだ。
無心で、過去にも未来にも縛られず、「今」に集中する。
それが修行の極意だろう。
邪念を追い払わねば。
邪念を追い払わねば。
そんな邪念で頭がいっぱいになったところで
「はい、じゃあね、順番に滝に打たれていきますよー。」
とうとうメインがやってきたのだ。
私は最後から2番目だ。
③みんなの滝行、それぞれの滝行
順番に入るため、不安と興味から先に入る人をじっくりみた。
最初の2人は毎年の常連さんらしく、さまになっていた。参考になり、真剣さも伝わってきた。
そして次の男性。
推定26歳。
やせ型、脂肪率4%、しかし決してアスリートの脂肪率とはわけが違う。
性格は控えめで気は優しく、真面目で誠実。
そんなところだろうか。
その彼が滝に打たれに行った。
その際、「祓戸大神(はらえどのおおかみ)」とひと呼吸に3回発さなくてはならないのだが、
とても寒いのだろう。声がこれでもか、というくらいうわずっている。
泣きすぎてしゃっくりが出てしまい、うまくしゃべれない子どものような感じだ。
「ひゃらえ・・どの・・・お・・おきゃみぃぃっ・・・」
が、がんばれー!!がんばれえーっ!!
歩きのおぼつかない生後間もない子猫を見ている心情だ。
心からの応援をしたくなった。他の皆も心の中で激励を飛ばしてるに違いない。
しかし同時に、底なしの不安に陥った。滝から上がった後も、体と唇がガタガタ震えていた。
人間の体の神秘に想いを馳せずにはいられないほどの震えだ。
なんてインパクトのある滝行をしてくれたのだろう。
次はウクライナの男性だ。
彼は鍛え抜かれた肉体と精神の持ち主と見え、日本人でもよく理解できない難解な言葉
「祓戸大神(はらえどのおおかみ)」を大変滑らかに、かつ神聖な響きをもって発した。
そして彼は、肉体を内側からあたためる術を得ているようだった。
その彼の一連の動作や雰囲気から、何かしらの修行を経験したこととのある人間だとわかった。
なんて堂々とした、圧倒させられるような滝行だろうか。
普段、欧米の人が日本語をしゃべるのを聞いてると、
母国語を話しているときには格好いいのに、日本語になると急にオチャッピーになってしまうのが不思議だった。声自体が変わってしまうのだ。
母国語と日本語で同じことを話していても、全く違う印象を受ける。
日本語になると、ちょっとひょうきんな人に見えたりする。
だから彼にも少々それを期待していたのだが、全くそんなことはなかった。
そのせいもあるのか何なのかはわからないが、
今までに見た滝行の中で、一番それらしい気がした。
そして次の女性がつつがなく終わった。
時間は平等に流れるもので、予想に反せず自分の番がきた。
神主さんはずっと滝の前方で指導をしてくれている。
その指導の下、私たちは安心してやっていけばいいだけだ。
まず滝つぼに入る前に、
「エーイッ」
と発すると同時に左手を腰に当て、右手は人差し指と中指を伸ばし、
それ以外の指は曲げる。
そして右手を眉間のあたりから左下に向かって斜めに振り下ろす。
一体どんな声色で言ったらいいのだろう、
友人に聞かれたらどうしよう(ちらり)、あ、これ絶対聞こえる。
声の大きさは?
エーイッて・・・一体何?
そもそも何でこんな事に?
数々の葛藤と自意識過剰を振り払い、私はやった。
「エーイッ」
そして次は足もとから水を掛けていく。
足、お腹、胸、頭。
バシャバシャ。バシャバシャ。
はっ、とここで急に思い出した。
私はスッポンポンなのだ。
白装束の下に長めのTシャツを着てるとはいえ、
ちょっと長めなだけで、大事なところが全部隠れているかというと、心許ない。
言ってしまえば若干はみ出てた。
水を浴びたらこれは確実に透けるのではないか。
そんな事を1秒くらいで考え、膝を落として体全体を下げ、
極力お尻を披露しない体勢にして水を体に掛けた。
そう、水を掛けた。
水だった。
寒い。寒いではないか。
(つづく) 文 髙橋ミホ